コース案内

富士レイクサイドカントリー倶楽部 物語

Story
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道もない、水もない
富士山麓は
ただ富士の美しい原野だった

戦後長らく富士山麓河口湖付近は、風光明媚だが道も整備されてないため東京から車や電車で4時間以上もかかる地。しかも当時は水さえもない原野だった。
そんな場所に「ゴルフ場・別荘地・レジャー施設・飛行場」を創るという壮大な夢を持った人びとがいた。

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昭和34年 著名な財界人を発起人に事業は開始された
しかしそれは困難の始まり
だった

志村寛(弊社創設者)は
発起人としてキヤノンの御手洗毅氏、山一證券の大神一氏、そして淺沼商会・菅保男氏らが呼びかけに賛同。昭和34年6月1日、富士観光開発(株)が誕生した。
しかしそれは水脈の発見、溶岩地帯での開発、遠隔地での会員募集と筆舌できぬ困難な事業の始まりでもあった。

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富士山麓では水はでない
それが当時の常識
その常識を打ち破って
富士レイクサイドカントリー倶楽部は生まれた

会員募集も困難だったが“入会者には別荘地100坪を無償提供する” という独創的なアイディアで乗り切った。
しかし問題は水脈だった。富士山には川はない。
だから水もない。それは当時の常識だった。
それを北海道大学理工学部地質学科出身の志村哲良常務(当時・後に第2代社長)は、なんども失敗を重ねながら挑戦。
ついに昭和35年正月、やっと船津地区に水源を掘り当てた。
今、富士山の水はあたりまえにスーパーでも売られている。
しかしそれはここから始まったとも言えるのだ。
そして昭和35年11月3日、県下初のメンバーシップコースが本開場する。富士レイクサイドカントリー倶楽部の誕生である。

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5回のプロトーナメントを
開催してきたコースとして
そして富士の美しい
コースとして・・・

その後、1983年の第2回「キャノンクイーンズカップ」から2004年の第23回「フジサンケイレディスクラシック」まで合計5回のプロトーナメントが開催されプロトーナメント開催にふさわしい戦略性と難易度をもったコースとして、評価いただけるようになった。
(現在は姉妹コース「富士桜カントリー倶楽部」で男子プロトーナメント「フジサンケイクラシック」を開催中)また有名テレビCMでも撮影地として採用されるなど富士の美しいコースとしての評価もいただいている。

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昭和34年(1959年)の開場以来、
幾多のショットが、
静かな赤松林の中を
駆け抜けた

伝統と格式を誇る当倶楽部は、そのプレステージの高さとコースの戦略性が半世紀以上の長さに渡り、多くのゴルファーに支持されてきました。
距離、広さ、レイアウト。タフなコースは、まさに知的スポーツの極みです。
標高1,000~1,200m。富士山の雄大な姿を目前に、心地よいゴルフをお楽しみください。

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